ロータス・エリーゼの魅力に迫る
標準グレードであるエリーゼ(1.6)の現行スタイルを見てみますと、排気量1598ccで最高出力は136PSですが、トヨタの1ZR-FAEエンジンを搭載しており最高時速は204km/h、新車価格は604.8万円となっています。
スポーツカーというジャンルで近来何が求められているのか。
燃費規制と走りの両立を求めてカーメーカーはどういう手段を講じているのでしょうか?
直結しているのがボディーの軽量化です。
一説によればボディ重量を1kg削減することで燃費が0.05km/L良くなるといわれており、当然車重が軽くなれば走りもよくなることはイメージしやすいでしょう。
ロータス・エリーゼの魅力は極限ともいえる軽量化を行い、車のポテンシャルを最大限に引き出すことに注力していることが挙げられます。
エリーゼ(1.6)の車重は900kgと非常に軽く、参考になるかわかりませんがマツダ・ロードスターと比較してみますと、標準のロードスターSでは排気量1496ccで最高出力は131PS、車重は990kgとなっています。
最新型のエリーゼ・スポーツ(2016年4月から納車開始となっています)ではさらなる軽量化を行っており、車重が866kgと一般的な軽自動車よりも軽量です。
但し、車重を単純に軽くすることは車の安全性など当然弊害も考えられるわけですから、ロータス社はどのように軽量化と車のポテンシャルを両立させているのでしょうか?
ロータスが導入している接着工法というものを切り口にお伝えします。
ロータスに導入されている航空機製造用のエポキシ接着剤とは、具体的にどんな接着剤なのか?
航空機製造においては接着剤が多用されており、その理由は航空機のボディー構造にあります。
軽量化を目的としてボディーの素材にはアルミ合金やCFRP(炭素繊維強化プラスチック)が多く使われていて、これらの素材は鉄を主成分とした鋼板・鋼材よりも軽いのが特徴です。
比重で比較すると、鋼板が約7.8(水の比重が1ですのでその7.8倍)に対しアルミ合金が約2.7 、CFRPに至っては約1.8と非常に軽いことがわかります。
これらの素材を接合してボディーが出来上がっていくわけですが、鋼板の場合、リベット・ネジ留めといった機械的接合、種々の溶接などの冶金的接合が手法として容易であり、古くから多用されてきた手法です。
しかしながらアルミ合金の場合、溶接した際の機械的強度が鋼板より低下すること、溶接に対して必要なエネルギーも増加するなどの課題があります。
またCFRPの場合はプラスチックをバインダーとした素材であるため溶接などの冶金的接合は出来ず、リベットなどの機械的接合が主流です。
当然これらの素材同士(例えばCFRPとアルミ合金)を接合するというケースもあり、旧来の接合方法に変えて接着接合が増加しているという背景があります。
エポキシ接着剤は接着剤として広く使用されており、鉄・アルミなど種々金属を接着することが可能です。
CFRPも様々な種類がありますが、ボディーに用いられるような高強度のCFRPはバインダーとして熱硬化性樹脂(主としてエポキシ)が多く使用されており、エポキシ接着剤との相性も良いといえます。
エポキシ接着剤といえばプラモデルの接着などで使う、ホームセンターでも売っているような主剤と硬化剤を混ぜて使う2液混合型を一般の方でも目にすることができます。
自動車の接合に使用されるエポキシ接着剤は1液熱硬化型が主流であり、自動車のラインにおいて下地の電着塗装を硬化させる電着塗装炉において、160~180℃の加熱により硬化して素材を接着するように作られています。
ロータスの接着剤は200℃・40分で硬化させるとあります。
これは接着剤の性能を最大限引き出すための製造工程といえるでしょう。
今後の方向性としては自動車のボディへのCFRPなどのプラスチック部材の使用量増加が見込まれており、高温の加熱ができないような部材を接着するケースでは、2液型接着剤の適用が進んでいくことが考えられます。
自動車の製造工程について興味のある方は本田技研の公式サイトに動画で紹介されてありますのでご覧ください。
接着剤による接合はどれくらいの強度があるのか?
ねじれや衝撃への耐久性
本当に接着剤で接合強度が得られるのか?溶接やネジ留めの方が強力ではないのか?そう思うのが普通でしょう。
しかしながら接着工法には溶接やネジ留めよりも優れた点があり、その利点によって高い剛性を得られることが知られています。
日本でも1990年頃より接着接合の研究は広く行われてきており、接着剤適用による剛性・振動抑制・衝突衝撃に対する効果などが実験により認められています。
ねじり特性
上図が実験に用いている片ハット部材というもので、ハット(帽子)状の部材と平面状の鉄板を接合しています。
これは断面を表しており、奥行き620mmの長さです。
接合部分の間の黒い部分が接着剤を示しており、×印はスポット溶接を示しています。
右図が実験結果ですが、一定トルクで部材をねじった時に発生する荷重をねじり剛性で表しています。
図中の○スポット溶接は部材をスポット溶接のみで接合した場合、●ウエルドボンドはスポット溶接と接着剤を併用した場合の結果です。
スポットピッチ50mmとは、620mmの長さに対して50mm間隔でスポット溶接を施したことを意味しています。
接着剤を併用した場合、ねじり剛性は大幅に向上していることがわかります。
横軸は部材の板厚を示していますので、スポット溶接単独で板厚0.8mmの部材よりも、接着剤併用で板厚0.6mmの場合の方がねじり剛性が高いことが分かります。
この結果から板厚を薄くして軽量化を図っても、接着剤併用により剛性を維持することが出来るのです。
衝撃特性
先ほどと同様の試験体を上図のような車に取り付け、壁に衝突させた際に部材がどれだけ変形し(潰れるか)、その際に発生する荷重がどれだけかという実験結果です。
右の表にて衝突速度を変化させた結果を示していますが、同じスポットピッチで比較した場合接着剤併用の有無で右から2番目の列の平均荷重が向上しており、一番右の列の総変形量は小さくなっていることがわかります。
この結果から言えることは衝撃に対しても接着剤を併用することで部材が変形する量は少なくなり、スポット溶接の間隔を50→75mmに広げても(溶接個所の数を減らしても)剛性・変形量の点で接着剤併用が勝っているのです。
接着工法の利点を語る上でよくあげられるキーワードは「面接合」ということです。
図解しますと
機械的接合によるリベット・ネジ留め
素材同士をリベットやネジで締結しますが、これは「点接合」と呼ばれます。
冶金的接合によるもの
~スポット抵抗溶接
広く自動車製造工程で用いられている接合が、このスポット抵抗溶接です。
これも上図と同じく「点接合」により素材同士を締結します。
線状で溶接を行うため「線接合」と呼ばれます。
接着接合によるメリット
接着接合では素材同士が重なり合った部分を接合することが出来、これは「面接合」と呼ばれます。
この面接合というのが様々な力に対して強力な剛性を発揮できるポイントとなのです。
自動車の走行中には様々な方向から様々な力が加わります。
点接合や線接合の場合、その力が局部的にかかり(専門的には応力集中といいます)、実は自動車自体が走行中に変形しているのです。
面接合になると応力集中を防げるため、変形しにくく剛性が上がっているといえます。
自動車への接着剤適用でよく検討されるのは、ボディー下部の剛性を上げることでステアリング特性を上げる目的があるからです。
カーブでハンドルを切った際に剛性が高いほうが自動車自体の変形が少なく、安定したステアリング特性が得られます。
事故による修復は可能なのか?
接着剤を使用しているということで気になる点ではあるかと思います。
接着剤は強固に素材を接着していますので、例えば接着剤が剥がれるほどのレベルの事故ならば周辺のパーツも全交換というレベルになってしまうでしょう。
では接着剤を使用した部分が事故で凹んだ、穴が開いたという場合はどうなのでしょうか?
この場合、接着剤を一度剥がしてパーツを分解してから新たなパーツを再度接着して修復することになります。
接着剤が使用された部分で溶接やネジ・リベット留めが併用されているようなところに関しては溶接・リベット部分を切削したり穴を開けて切り離したのちに接着剤を剥がすという分解が必要です。
強固に接着している接着剤をどうやって剥がすのかですが、接着の力というのは引き剥がす力に最も弱く(これは溶接などでも同様です)、端の部分から引き剥がすのが最も簡単な方法です。
専門的には「はく離接着力」といいます。
しかし手で簡単に剥がれるようなものでは勿論ありませんので、剥がしやすくする方法として加熱するのが最も容易な方法です。
接着剤が固まっている状態はカチカチの石のような状態ですが、ガラス転移温度と呼ばれるおおよそ120~150℃(これは接着剤自体の設計により異なり、これ以上のガラス転移温度の接着剤ももちろん存在します)付近まで加熱すると柔らかくなり、容易に引き剥がすことができます。
ですから接着剤が100℃以上になるように工業用ドライヤーなどで加熱して、工具などで引き剥がすという作業が解体にはベストでしょう。
解体後は新しいパーツを再度接着するということになります。
先に述べたように新車を造る際にはおおむね熱硬化型の接着剤が使用されていますが、修理工場などではパーツや自動車全体を加熱して硬化させるような熱硬化型の接着剤を使用することはできません。
なので修理の際は2液混合型の接着剤を使用することになります。
2液混合型でも欧州・日本で実績のあるエポキシ接着剤やアクリル接着剤がありますので、こちらに関してはご安心ください。
ロータス社以外の自動車メーカーの接着剤使用状況はどうなのか?
接着剤をボディに適用するのは欧州メーカーが進んでおり、以下に使用状況の一例を示します。
あくまで一例であり、高級車種にはほぼもれなく構造用接着剤が適用されています。
車種 | 接着剤使用量 |
Audi A6 | 90m |
Daimler A-Class | 120m |
BMW 7-Series | 150m |
接着剤使用量を長さで表すのが分かりにくいので解説しますが、下図の赤い線で示されるように接着剤は自動車ボディーに対して使用されます。
このトータルで使用された長さを使用量として表しています。
詳細まではわかりませんので幅を持たせますが、おおよその重量に換算すると90mで400~800gくらいになります。
引用:http://golf4.blog65.fc2.com/blog-date-201307.html
日本でも各社こぞって接着剤の適用検討を行っており、レクサスでの接着剤適用事例なども発表されています。
欧州メーカーに接着剤適用という面では後れを取っていた日本メーカーもこれから巻き返していくという段階です。
まとめ
自動車用接着剤の世界市場は2015~2020年で8.2%の年平均成長、2020年には55億USドルの規模に達することが見込まれています。
この背景には燃費規制の基準がより厳しいものになっていることが挙げられます。
国交省の定める乗用車の燃費規制においては、2009年基準よりも2020年の平均燃費は24.1%の改善が求められています。
もちろんハイブリッドカーや電気自動車の割合が増えることで平均燃費が底上げされるというのもありますが、まだまだ価格面でガソリン車やディーゼル車の需要は根強いものがあります。
特に欧州の燃費規制が厳しいことから構造用接着剤の適用は欧州を中心に広がってきたという側面もあるでしょう。
今後さらなる自動車の軽量化に向けて、各社しのぎを削って技術革新が行われていくこととなりますが、様々な技術を先駆けて行ってきたロータス社が今後どんな革新的な車を発表してくれるのか楽しみでなりません。
参考
接合法 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5%E5%90%88%E6%B3%95
アルミの比重 http://toishi.info/sozai/al/al_density.html
CFRPの比重 http://www.torayca.com/aboutus/abo_001.html
エリーゼ記事http://www.sandsmuseum.com/cars/elise/information/technical/asauto.html
エリーゼスポーツ http://carislife.hatenablog.com/entry/2015/12/01/204634
BMW記事 http://plaza.rakuten.co.jp/t3109/diary/201210210000/
Audi記事 http://autoprove.net/2011/04/6680.html
トヨタ記事 http://golf4.blog65.fc2.com/blog-date-201307.html
マツダ記事 http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20090624/1027266/?P=2
国内適用事例
接着剤文献 https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane1955/77/7/77_7_1169/_pdf
修理 http://www.bodyshop-kobayashi.com/carrepair_01.htm
市場予測 http://globalmarketdata.net/industry-mam-ch-3921/